明段舎は、3D・360度・VRでご提供します。
撮影:明段舎株式会社
撮影機材はLEICA・BLK・360・マターポート Pro2です。
日本の貴重な有形文化財の没入型360度・3Dバーチャルツアーをご覧ください。
明段舎の有形文化財の360度・3Dバーチャルツアーの実績一覧では、過去の建築の奇跡を詳細に見るために作成されたデジタル体験を提供しています。
自宅の画面から快適に、これらの保存された宝物の美しさと文化的意義を発見してください。
日本の豊かな歴史的遺産の秘密を解き明かす旅を始めましょう。
明段舎株式会社は有形文化財の360度・3Dバーチャルツアーやデジタルツインを制作する専門映像会社です。貴重な建物を管理されている方であれば、ぜひ当社のサービスをご検討ください。
360度・3Dバーチャルツアーを使用して歴史的建造物を記録する理由はいくつかあります。
まず第一に、歴史的建造物は時間の経過とともに変化していきます。3Dツアーを作成することで、建物の現在の状態を正確に記録し、将来の世代に伝えることができます。
また、360度・3Dバーチャルツアーは、建物の構造や詳細を細かく調査するのに役立ちます。建物の保存や修復プロジェクトを計画する際に、正確な情報に基づいた企画ができます。
さらに、360度・3Dバーチャルツアーは、どこからでも、いつでも中に入って探索できます。これにより、より多くの人が貴重な建物を体験できるようになります。
このように、360度・3Dバーチャルツアーは、歴史的建造物の保存、教育、文化的遺産の啓発に貢献します。
バーチャルツアーをさらに詳しく調べたい方は下記のリンクまでご覧ください。
建物の細部を記録したい方は下記のリンクをご覧ください。
神戸の旧居留地には、
レトロな真珠の博物館があります。そこでは、
真珠のなりたちや魅力を伝える
模型や実物を常設展示しています。
そして、神戸が「真珠の街」と
呼ばれるようになった歴史的な背景を
半世紀に渡って見続けてきた
「日本真珠会館」という建物の目線で
ご紹介します。
撮影機材はMatterport Pro2・Sonyα7RⅣ・12mm F2.8 ED AS NCS FISH-EYEです。
神戸市にある「日本真珠会館」で行われた最終入札会です。
バーチャルツアーには高画質HDRパノラマをベースに4K動画で真珠のバイヤー様及び業者の様子が記録されています。
撮影機材はSonyα7RⅣ・12mm F2.8 ED AS NCS FISH-EYEです。
夏の夜の朱雀門。ゴールデンタイムの日没のビフォア・アフターの比較をなんと。。。360度に。
撮影機材はSonyα7RⅣ・12mm F2.8 ED AS NCS FISH-EYEです。
2011年(平成23年)「第一次大極殿院建造物復原整備計画」が策定され、「築地回廊」、「南門」、「東西楼」、「内庭広場」を順次整備していくことが決定しました。
平城宮跡の北方に位置する「第一次大極殿院」。
第一次大極殿院は、「大極殿」を含む南北約320m、東西約180mの区間で、
古代の宮都における中心施設で天皇の即位や外国使節との謁見など国家の重要な儀式が行われた場所です。
「南門」は、第一次大極殿院の正門であり、儀式の際には、天皇が出御することもありました。
入母屋造の二重門に復原され、間口約22.1m、奥行約8.8m、高さ約20.0mと、朱雀門よりやや小さな礎石立ちの建物です。
大極殿は2010年(平成22年)に文化庁によって復原され、2017年より国土交通省近畿地方整備局により「南門」の復原整備工事が施工されています。
「南門特別公開(復原工事現場見学会)」が、新型コロナウィルスの蔓延により、実施の見通しが立たない状況を鑑みて、現状の工事現場を3Dスキャニング撮影を行い、今後の記録映像としての利活用及びホームページ等を通じての一般公開を目的として導入。
奈良県奈良市にある平城宮跡歴史公園の「第一次大極殿院南門」復原整備工事現場の3D空間を制作させて頂きました。
当社が採用しているウォークスルー撮影を導入することで、時間や場所に縛られることなく、いつでもどこでも手元の端末より簡単に3D空間を閲覧可能に。伝統工法で柱や梁を組み上げていく工匠の技や、古代の工法にのっとった左官や瓦葺などの現在まで伝承される伝統技能の素晴らしさを体感できます。
尚、今回の3D空間は建設途中と建設後の2空間で撮影しており、「南門」の復原段階がより一層楽しめ、興味を惹くコンテンツとなっています。
平城宮跡歴史公園のFacebookはこちらです。
撮影機材はLEICA・BLK・360・マターポート Pro2です。
近代の大阪を舞台に、さまざまな実業家が名を成しました。
その一人が藤田伝三郎。
長州藩の萩に生まれ、高杉晋作の奇兵隊に参加した後、1869(明治2)年ごろに大阪に移り、
軍靴製造を皮切りに建設業や鉱山業、紡績業、鉄道業など多くの会社を興して、藤田財閥を築いた人物です。
現在の太閤園淀川邸は、藤田伝三郎男爵が1910(明治43)年から14年にかけ、息子のために建てた邸宅です。
玄関の唐破風(からはふ)は特に江戸時代、格式ある玄関に用いられた形です。
それを継承しながら、奥行きをより長くすることで、洋館の車寄せと同じ役割が果たせるようにしています。明治時代に現れた形式です。
文章の出所:日経XWoman
明段舎株式会社が淀川邸を撮影した当時は、藤田観光グループの「太閤園株式会社」が高級レストラン・挙式場・宴会場として運営していました。
そのため、テーブルには披露宴のセッティングや部屋別の使用料が吹き出しに表示されることになっています。
現在淀川邸は使われていませんが、この建物の記録ができまして、光栄に思っております。
撮影機材はMatterport Pro2です。